ぎじゅつのしんぽ
2010/06/08
ツイッターに浮かれてブログがまたおろそかに。いやー、情報社会も楽じゃない。
先日カフェライブに行ってきました。カフェでのライブだと音響設備を常設している会場は少なく、簡易的なPAをミュージシャンが持ち込みすることが多いのだが、その日もミュージシャン持ち込みのPAセットでのライブだった。簡易セットだと音響面が常設に比べ少し弱くなりがちなのだが、この日のミュージシャンが持ってきていたセットは凄かった。BOSEから販売されている割と最近の機種なのだが、重量わずか30kgのほっそながーい円筒形のスピーカー+台座パワーアンプだけでキャパ100近くの会場全体をカバーし、しかもモニタアンプいらず(!)、ハウリ知らず(!!)の超高音質クリアサウンドという優れもの。本当に音響技術の進歩の早さには驚かされます。今はギターアンプもデジタルでシュミレートできてしまう時代だからね。小さな箱一個持っていけばリアルタイムで100wのマーシャルの音が出てくるのだから。(なんだかじい様みたいな語り口ですが)
しかしこういった技術のネックはなんといっても「音がクリア過ぎる」「高音質過ぎる」ということだろう。先述のライブにしても、実は最初、あまりにも音が綺麗過ぎて、逆にパンチが無くて味気ないような妙な気分になっていたのだった。耳が慣れてくればただただその圧倒的な音質に驚くようになるのだが、それまでに時間がかかるのはもともと俺の耳が下品なだけなのか(笑まあこっちのせいが大きいと思うけど)。けど人間の耳って、あまりに整理されすぎたものよりも、多少の「ゆらぎ」や「煩わしさ」を持った音の方が「心地よい」と感じるんじゃないだろうか。人によるとは思うが自分はそうかな。ピチピチキランキランのJ-POPはやっぱり聴けないし。
技術が進むとその分アンチ技術みたいなこと言う人もたくさん出てくるし、なんだかんだで自分の古くから知っている音楽経験がやはり一番だという結論に落ち着く。実際俺も自分が若いころから慣れ親しんだインターフェイス(俺ら世代だとCDか)からはなかなか離れられないし、多分今後もそこありきの発想で生きていくんだろうと思う。坂本龍一でさえ「これからはCDが消えてアナログ盤とデータで」なんてこと言うんだから。あ、けどCD文化の象徴でもあった渋谷HMVが無くなるくらいだからあながちそれも嘘ではないのかも。。。けどそれ言ったらシスコはとっくに無いか。結局どの時代に生まれたかの背比べだよな。
インターフェイスってのは多分先の話でいうと、大きな意味で「ゆらぎ」「煩わしさ」の要素なんだろう。メディアが更にコンパクト化されてどんどんデータに近くなり、モノとしての存在感が薄れていく今日この頃。その流れはある意味純粋だしある意味俺ら世代にとっては少し寂しいこととも言える。
実は音楽聴く上での最大のインターフェイスって何か。それはたぶん空気振動。なので地球に大気がある限り音楽は不滅です。技術が更に更に進歩して脳内に音楽データ直接インプットできる時代が来るまでは笑(やまがみ)
